長洲町史を読む! 第1回
これは、長洲町の歴史をまとめた書「長洲町史」を紐解き、僕らの暮らす長洲町が過去どのようなこのようなアレだったのかと、思いをはせるナニカである。
つまり、長洲町史に記された歴史的エピソードやなんやかやを紹介してみよう!というコーナーです。
基本的に行き当たりばったりで目についたところから行く予定です。
なお、長洲町史については、長洲町図書館に蔵書してありますので、自分で読みたくなったら図書館のご利用をおすすめいたします。
第1回 「ぼたもちさん」(立花宗茂公夫人の墓)※長洲指定史跡
まず、立花闇千代について触れなければなるまい。父は「雷の化身」と言われた立花道雪(戸次鑑連)である。九州の豊後国(現大分県)において戦国時代に覇を唱えた大友氏の重臣であり、かの武田信玄が面会を望んだと言われる知勇の人である。
その娘であった闇千代は「西国一の女丈夫」と謳われる程の男勝りであったらしい…そして美しい姫君であったとか。かの豊臣秀吉が「流石は立花の妻女である」と賞賛したとかしないとか…。
僅か6歳にして道雪より家督を譲られ女城主となった闇千代。これは日本史において稀有な出来事である。そこへ婿入りしたのが、これまた同じ大友氏の重臣高橋紹運の子高橋統虎(後の立花宗茂)である。歴史のゲーム等をされる人はいますか?実はこの人達、ゲーム等にも登場する超有名人なんですよ。
さて、「関ヶ原の戦い」で西軍についてしまった立花宗茂。その後加藤清正の庇護により玉名郡の高瀬に居住する事になった。ところが夫婦仲があまり良くなかったのか、闇千代は母と共に玉名郡腹赤村に居住していたのである。その後、夫宗茂が柳河城主として奇跡の復帰をした後も、彼女はそのまま腹赤村に留まったのである。享年34歳。
皆様、この墓に注目。その形状から「ぼた餅様」→「ぼたもちさん」と呼ばれているのだが、町史によれば近頃積み直した際、間違えて逆さまに積んでしまった!という説があるのだ…(本当ですか?コレ)。で、元に戻さずそのままにしてしまった!らしいのです。

(↑これ大丈夫なのでしょうか?)
内野康弘
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